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東京高等裁判所 昭和56年(ネ)2605号 判決 1983年1月31日

控訴人・附帯被控訴人

岡本七男

控訴人・附帯被控訴人

岡本康子

右両名訴訟代理人

蓬田武

被控訴人・附帯控訴人

省東自動車株式会社

右代表者

佐藤邦男

被控訴人・附帯控訴人

稲崎源三

右両名訴訟代理人

小原美直

主文

一  本件控訴をいずれも棄却する。

二  本件各附帯控訴に基づき、原判決を次のように変更する。

被控訴人・附帯控訴人らは、控訴人・附帯被控訴人岡本七男に対し、各自金一八五万八〇九六円及び内金一六八万八〇九六円に対する昭和五五年二月五日から、内金一七万円に対する被控訴人・附帯控訴人省東自動車株式会社は昭和五五年一二月一七日、被控訴人・附帯控訴人稲崎源三は同月一八日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人・附帯控訴人らは、控訴人・附帯被控訴人岡本康子に対し、各自金一三九万三〇九六円及び内金一二六万三〇九六円に対する昭和五五年二月五日から、内金一三万円に対する被控訴人・附帯控訴人省東自動車株式会社は昭和五五年一二月一七日、被控訴人・附帯控訴人稲崎源三は同月一八日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人・附帯被控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを一八分し、その一を被控訴人・附帯控訴人らの、その余を控訴人・附帯被控訴人らの負担とする。

四  この判決第二項中控訴人・附帯被控訴人ら勝訴の部分は、仮に執行することができる。

事実

一  控訴人・附帯被控訴人(以下「控訴人」という。)ら訴訟代理人(以下「控訴代理人」という。)は、「控訴及び請求の減縮により原判決を次のように変更する。被控訴人・附帯控訴人(以下「被控訴人」という。)らは、控訴人岡本七男(以下「控訴人七男」という。)に対し、各自金三一一七万九八九六円及びこれに対する昭和五五年二月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。被控訴人らは、控訴人岡本康子(以下「控訴人康子」という。)に対し、各自金二九九七万四二一三円及びこれに対する昭和五五年二月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決及び仮執行の宣言並びに附帯控訴につき控訴棄却の判決を求め、被控訴代理人は、控訴につき控訴棄却の判決を求め、右請求の減縮に同意すると述べ、附帯控訴として、「原判決中被控訴人ら敗訴部分を取り消す。右取消部分につき控訴人らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は第一、二審とも控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。

二  当事者双方の主張並びに証拠の提出、援用及び認否は、次に付加し、訂正するほか、原判決の事実摘示(原判決三枚目表九行目から一〇枚目裏四行目まで)と同一であるからこれを引用する(ただし、原判決四枚目表八行目の「加害者」を「加害車」に改め、同七枚目表二行目末尾の「原」を削る。)。

1  控訴代理人の陳述

(一)  原判決五枚目中表二行目「金三三四六万八二七二円」を「金四七四二万九四八六円」に改め、表三行目から同裏三行目までを次のように改める。

(1) 亡祐子は、昭和五〇年一〇月一四日生まれの本件交通事故当時満四歳三箇月の健康な女児であつて、本件事故に遭遇しなければ、高校卒業後である満一八歳から女子の平均余命の範囲内である満六七歳に達するまでの四九年間稼働することができたはずである。その間の収入としては、労働大臣官房統計情報部の賃金センサス(昭和五四年)第一巻第一表による産業計、企業規模計、全労働者の全年齢平均の年間収入額二七〇万四六〇〇円を得ることが可能であり、また、女子は一般に家庭外で労働に従事する場合であつても、更に妻として家庭内における家事を負担し、家事労働に従事するものであるから、女子の逸失利益の算定に当たつては、家事労働分を加算すべきである。そして、家事労働の報酬額は、時間給六〇〇円(労働省発表・昭和五六年度女子パートタイマー平均賃金額)に換算するのが相当であり、家事労働時間は一日当たり三時間程度であるから、年間報酬額は六五万七〇〇〇円(600円×3×365=657,000円)となる。したがつて、亡祐子の年間収入額は金三三六万一六〇〇円(2,704,600円+657,000円=3,361,600円)となる。

(2) そして、現在の経済体制の下では長期的にインフレーションが続くことは明らかであり、過去二〇年間の経済動向を見ると、物価の平均上昇率は年四パーセント程度と推論することができる。年四パーセントの物価の上昇がある場合には、金融機関に預貯金したとき年九パーセント程度の利息が期待されない限り、中間利息五パーセントの控除をした場合と同価値にならないと解されるところ、過去二〇年間の預貯金金利の実態を見ると、おおむね年八パーセントであるから、控除すべき中間利息は年四パーセントとして逸失利益を算出すべきである。

(3) そうすると、亡祐子の逸失利益は、年間収人額を金三三六万一六〇〇円とし、新ホフマン方式を採用し、生活費控除を三〇パーセント、中間利息控除年四パーセントとして計算すると金四七四二万九四八六円となる。

<計算式>

ホフマン係数20.156(中間利息控除年四パーセント)3,361,600円×(1−0.3)×20.156=47,429,486円

(二) 原判決五枚目裏一〇、一一行目の「金四〇四六万八二七二円」を「金五四四二万九四八六円」に、同六枚目表一行目の「金二〇二三万四一三六円」を「金二七二一万四七四三円」に改める。<以下、省略>

理由

一当裁判所は、控訴人七男の被控訴人らに対する本訴請求は各自金一八五万八〇九六円及び内金一六八万八〇九六円に対する昭和五五年二月五日から、内金一七万円に対する被控訴人省東自動車株式会社(以下「被控訴会社」という。)については昭和五五年一二月一七日、被控訴人稲崎源三(以下「被控訴人稲崎」という。)については同月一八日から各支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で、控訴人康子の被控訴人らに対する本訴請求は各自金一三九万三〇九六円及び内金一二六万三〇九六円に対する昭和五五年二月五日から、内金一三万円に対する被控訴会社については昭和五五年一二月一七日、被控訴人稲崎については同月一八日から各支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから、その限度でそれぞれこれを認容し、その余は失当としていずれも棄却すべきものと判断するものであつて、その理由は、次に改めるほかは原判決理由説示と同一であるから、これを引用する(ただし、原判決一二枚目表八行目の「(横断歩道の手前3.5メートルの地点)」を削り、同裏九行目の「乗せて」の次に「(右乗車装置には背当てが付いていたが、控訴人康子は、これを前に倒したままで亡祐子に使用させていなかつた。)」を加え、原判決一三枚目裏五行目の「足をついて」を削る。)。

1  原判決一五枚目表二行目から一六枚目表二行目までを次のように改める。

(一)  逸失利益 金一〇六七万七四九三円

(1) <証拠>によると、亡祐子は、昭和五〇年一〇月一四日生まれの本件交通事故当時満四歳三箇月の女児で(この点については当事者間に争いがない。)、生育状態も良好、健康であつて、本件交通事故に遭遇しなかつたとすれば、満一八歳から満六七歳に達するまでの四九年間専業として職に就き、この間当裁判所に顕著な賃金センサス昭和五六年第一巻第一表中の産業計、企業規模計、女子労働者、学歴計全年齢平均(パートタイム労働者を除いたもの)の平均賃金額である金一九五万五六〇〇円(130500円×12+389600円=1955600円)を下らない給与(年額)を受けることができるものとし、生活費控除としては、女子は職に就いた場合であつても一般に主婦として家事の主要部分を分担する反面、生活費の負担は比較的低いものと考えられる点等を考慮して、受けるべき給与額の三〇パーセントを控除するにとどめ、ライプニッツ式係数を用いて年五分の割合による中間利息を控除して亡祐子の得べかりし利益の現価を計算すると、次の計算式のとおり金一二五六万一七五七円となる。

1,955,600円×(1−0.3)×9.1764=

12,561,757円

そこで、右金額から過失相殺により一五パーセントを減額すると金一〇六七万七四九三円となる。

(2)  控訴人らは、亡祐子が受けるべき給与額に更に家事労働分として年額六五万七〇〇〇円を加算すべきであると主張するが、専業としての職業に従事しながら更に家事労働に従事している場合における家事労働は、家庭の構成員としての仕事の分担によるものであるから、右家事労働による財産上の利益は、専業たる職業によつて得る給与を基礎として逸失利益を算出するに当たり、妻が右家事労働に従事することにより家計費が節減されることを考慮して、これを生活費控除に反映させることにより評価すれば足り、それを超えて右家事労働による利益を金銭に評価した上、これを逸失利益算出の基礎とすべき利益として給与額に加算することは相当ではない。控訴人らの右主張は採用することができない。なお、前記賃金センサスによれば、女子労働者の平均賃金と男子労働者の平均賃金との間には著しい格差のあることが明らかであるが、右格差が女子労働者が家事に従事することによつて生じたものと断ずることはできないし、右格差が不合理なものであり今後是正されるべきものであると考えられるとしても、現時点において逸失利益を算出するにつき考慮しなければならない程度の確実性をもつて是正されるものと予測することは困難である。

次に、控訴人らは、今後年率四パーセントの物価上昇を伴うインフレーションが長期的に継続するものと考えられるところ、預貯金金利はおおむね八パーセントであるから、控除すべき中間利息は年四パーセントとして逸失利益の現価を計算すべきであると主張するので判断するに、現下のインフレーションが将来も継続するであろうことはある程度予想することができるとしても、我が国の第二次世界大戦後今日に至るまでのインフレーションを伴う経済動向、とりわけ物価の変動は、世界的な政治、経済情勢や国内の経済政策の直接、間接の影響によるもので、その推移は一定の法則に基づくものというよりは、不確定要素を含む政治的、経済的要因によるものであるから、将来も継続するであろうインフレーションがどの程度の物価上昇を伴うものであるかを長期的に予測することは極めて困難であるというべきであり、まして、年率四パーセント以上の物価上昇を伴うインフレーションが継続することや将来長期にわたり預貯金の金利が年八パーセントを超えない水準にとどまることが高度の蓋然性の下に予測されるものということはできない。そして、控訴人らは、死亡時四歳三箇月であつた亡祐子が将来得べかりし利益を現在の価額に換算された損害賠償金として、その支払を受けるものであるところ、その使用ないし運用の方法は、決してこれを預貯金することに限定されるものでないことはいうまでもなく、これを資産の購入に充て、あるいはより有利な手段により利殖、運用することも十分に考えられるところであつて、将来も長期的に年率四パーセントの物価上昇を伴うインフレーションが継続し、かつ、預貯金金利も年八パーセントを超えないものと予測されることを立論の根拠とする控訴人らの右主張は、採用することができない。

2  原判決一六枚目裏五、六行目の「金一五二九万九〇八五円」を「金一六六二万七四九三円」に、同裏六、七行目の「金七六四万九五四二円」を「金八三一万三七四六円」に改める。

3  原判決一八枚目表七行目の次に次のように加える。

(五) 損害のてん補 金八三二万五六五〇円(当事者間に争いがない。)

4  原判決一八枚目表八行目の「(五)」を「(六)」に、「金七六万五〇〇〇円」を「金一七万円」に、同裏一行目の「しかして」から五行目末尾までを「そして、本件事案の内容、審理の経過に被控訴人らが控訴人七男に対して賠償すべき弁護士費用以外の損害の額が金一六八万八〇九六円であることを併せ考慮すると、本件事故と相当因果関係のある損害としての弁護士費用は、本件において認容すべき弁護士費用以外の損害額の約一〇パーセントに当たる金一七万円とするのが相当である。なお、原判決が昭和五六年六月二日言い渡されたことは記録上明らかであるところ、原審における控訴人康子の本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、控訴人らが自動車損害賠償責任保険から保険金の支払を受けたのは同年六月であり、原判決の言渡しと時期を接していること及び本件交通事故について被控訴人側との示談交渉はなかつたことが認められるが、右各事実をもつてしては、本訴提起と当事者間に争いのない右保険金の支払による損害のてん補との間に因果関係があることを確認するに足りないので、弁護士費用の算定に当たつては、右損害てん補後の賠償すべき損害額を基準とした。」に改める。

5  原判決一八枚目裏六行目の「(六)」を「(七)」に、同裏七行目から九行目までを「控訴人七男が有する損害賠償請求権の額は、金一八五万八〇九六円(8,313,746円+425,000円+1,275,000円+170,000円−8,325,650円=1,858,096円)となる。」に改める。

6  原判決一九枚目裏一行目の次に次のように加える。

(二) 損害のてん補 金八三二万五六五〇円(当事者間に争いがない。)

7  原判決一九枚目裏二行目の「(二)」を「(三)」に、「金六八万円」を「金一三万円」に、同裏六行目の「しかして」から一〇行目末尾までを「控訴人康子の弁護士費用についての認定、判断は、「金一六八万八〇九六円」を「一二六万三〇九六円」に、「金一七万円」を「金一三万円」に改めるほかは、控訴人七男の弁護士費用についての認定、判断と同一であるから、これを引用する。」に改める。

8  原判決一九枚目裏一一行目の「(三)」を「(四)」に、二〇枚目表一行目及び二行目を「控訴人康子が有する損害賠償請求権の額は、金一三九万三〇九六円(8,313,746円+1,275,000円+130,000円−8,325,650円=1,393,096円)となる。」に改める。

二よつて、当裁判所の右判断と結論を異にする原判決は一部不当であつて、本件各附帯控訴は一部理由があるから、原判決を主文のように変更するとともに、本件各控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(貞家克己 近藤浩武 渡邉等)

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